読んだ本

水月 昭道 (著) 『アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す』 中公新書ラクレ
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# by jagannaath | 2009-10-05 21:47 | 読書

読んだ本

青木 新門 (著), 寺田 周明 (写真)『転生回廊―聖地カイラス巡礼』 文春文庫
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# by jagannaath | 2009-09-30 23:45 | 読書

読んだ本

外山 滋比古(著) 『知的創造のヒント』 ちくま学芸文庫
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# by jagannaath | 2009-09-18 23:15 | 読書

読んだ本

C ダグラス・ラミス(著)「ガンジーの危険な平和憲法案」 集英社新書
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# by jagannaath | 2009-09-16 00:21 | 読書

通勤電車の中で、

電車やバスでは、「携帯電話のご利用はご遠慮下さい」というアナウンスが流れる。実際、乗車率120%(感覚的推計)の朝の中央線は非常に静かだ。そこに誰か(何故か、おじさんの率が高い)の携帯に電話が掛かってくる。おそらく仕事のことで出ないわけにいかないのだろう、おじさんは周囲に遠慮がちに口を手で覆ったりして話すのだが、周りを見ると何人かおじさんのことをぎっと睨みつけている。
まぁ、私も気にはなるのだが(だからこうして書いている)、だからと言って、そんなに睨みつけなくとも、と思う。
携帯電話が普及し始めて10年あまり。「携帯マナー」が言われるようになったのはここ5、6年だろうか。着陸してまだタクシーイング中の飛行機の中から電話をじゃんじゃかかける、そして不思議なことに着陸するなり電話がかかってくるインドもどうかとは思うが、たかだか10年たらずで「携帯マナー」右向け右となってしまう日本も、もう少し余裕というか、許容力というか、よい意味での周囲への無関心があってもよいのにと思う。
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# by jagannaath | 2009-09-11 09:13 | 雑記

久しぶりに。

ムスメが産まれてからもう1年以上、今となってはかわいくてしょうがない。産まれた直後のブサイクな写真をさらけ出したままではあまりにも気の毒なので(写真(↓)を小さくした)、ぼちぼち何か書いていこうと思う。

ムスメが産まれてから、1年、色々なことがあった。職場が変わったり、家を建て始めたり、晴れてインド担当になって三ヶ月に二回くらいの頻度で出張したり、勿論、セガレも大きくなって、いまでは立派なオニイチャンだ。

忙しくて、ブログも俳句もやらなくなってしまった。おそらく今後も忙しさはいや増すばかりだが、比例してどうもココロのほうが貧弱になるような気がするので、ぼちぼちとブログなり俳句なり再開してバランスをとっていきたいと思う。

10年くらいまえにインドに駐在していたときも、毎晩遅くまで働いて、大変忙しい中にも、必ず何かを書くという日課があったので、毎日が新鮮だったように思う(以前もそんなことを書いたかも)。
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# by jagannaath | 2009-08-24 23:17 | 雑記

あっさり

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生まれた。2796gの女の子。母子共に健康。感謝
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# by jagannaath | 2008-07-30 00:41

そろそろ、

来るらしい。
父ちゃんラーメンで腹ごしらえ。
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# by jagannaath | 2008-07-29 19:06

クラーク博士像。

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BOYS BE AMBITIOUSと書かれています。
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# by jagannaath | 2008-06-26 14:19

梅雨しらず。

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珍しく北海道に日帰り出張。
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# by jagannaath | 2008-06-26 13:26

田植@小諸。

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俳句のご縁で小諸の虚子記念館の近くで田植を体験。手前が我々(素人)が手で植えたもの、向こう側が田植機によるもの。今日植えたのはもち米だそうだ。セガレも泥んこになりながら植えてみた。
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# by jagannaath | 2008-05-25 16:22

通園の道。

コブシ、ウメ、ミカン、ハクモクレン、ボケ、ミモザ、アシビと花巡り。忙しい。馬酔木について、「モーモーさんが食べると。。。どうなっちゃうんだっけ?!」だと。この間、「お馬さんが食べると酔っ払っちゃうんだって」と言ったのが牛に化けたらしい。
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# by jagannaath | 2008-03-18 08:49

二日酔い。

昨日の晩、西新宿の某所で1時半過ぎまで呑み続け、今朝は気持ちが悪く、朝食もあまり食べられずヨメからも悪態をつかれる。

やっとのことで朝の支度を終えて、いつものとおりセガレと保育園へ。道々セガレに「父ちゃんさぁ、昨日お酒呑みすぎて気持悪いんだー」と力なく愚痴ると、セガレはニコニコしながら、「僕ね、昨日ジュース飲みすぎて気持悪いんだー」と。昨日のジュースなんて飲んでないはずなんだけど。。
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# by jagannaath | 2008-02-21 22:47 | 家族

ものの見え方。

セガレが生まれたころ、急に世間にベビーブームが来た。
セガレがベビーカーに乗り始めたころ、町中はベビーカーだらけになった。そして世の中、バリアフリー化が必要といわれるのがよくわかった。

そして最近、通勤電車の中でこのマークをつけた人をよく見かけるようになった。思いのほか多くの人がこのマークをつけながらも立ったまま。周りの人も見えているのかいないのか、席を譲る姿をあまり見かけない。。。

かように、立場が変わればものの見え方も変わるもの。他人の立場に立って考えるのは難しい。
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# by jagannaath | 2008-02-20 22:37 | 雑記

あーあ。

菜園は1月27日にセガレと一緒に行って、残りのハツカダイコンを採って、支柱などを改修して、「どうもありがとう。バイバイ」と言ってお別れしてきた。

ヨメは「畑よりも生まれてくる子の子育てを」と言うが、既に目の前に畑が好きなセガレがいるのだからこの子のためにも是非続けようと思って、先週半ば、「市役所の広報誌に更新の案内が出ていたな、この週末にでも申し込もうか」、と思っていた。

今日、改めて広報誌を見てみたら、。。。嗚呼、〆切はとうに過ぎていた。。。残念。
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# by jagannaath | 2008-02-10 22:24 | 菜園

ハツカダイコン。

おそろしく久しぶりに畑に行った。

去年は、5月の連休中に植えつけたパターンから大きく変わることなく、それ以外の収穫は、トウモロコシ少々(狭いところに集中しすぎたか?)、オクラ少々(いつも採り遅れて巨大且つ筋だらけになってしまう)とモロヘイヤ沢山(遅れて秋口に播いたけれども間に合った)くらいだったのではないか。ラッカセイは△(トウモロコシに栄養を持っていかれたか?)、クロダイズ(実は正月の丹波の黒豆を少し残しておいて播種したもの)は、やたら背が高くなり、花もたくさん咲いたので期待されたのだが、結果は×(カメムシにやられた模様)。

旺盛な夏草(窒素系肥料をやりすぎの可能性あり?:肥料の使い分けは難しい)と夏から秋にかけての猛烈な薮蚊に撃退された形で、本当は次の季節に向けてキチンと手を入れるべき秋に足が遠のきがちになったもの。秋口にキチンと手入れして、種を播いておけば、今頃ダイコンやカブ・ホウレンソウなどが収穫できたことと思われる。

2年間にわたって市から借りていた畑も今月末で期限到来。今日は片付け半分だったのだが、悲惨なクロダイズ(畳半畳くらいのところから採れた黒豆はわずか3粒。。。)を目の当たりにして、やはり素人なのだからなおさらのこと、キチンと手をかけないといいものはできない、と反省。今日は、そんな荒れ果てた我が区画に残る緑は11月に播いたハツカダイコン。これが元気に育っており、ちょっとほっとした。採れたてを「ハタケ」が好きなセガレと齧ってみたら甘みがあったので、いくつか採って帰った。

さて、今年もまた畑を借りるかどうか、思案しているところ。
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# by jagannaath | 2008-01-06 00:36 | 菜園

三が日。

あけましておめでとうございます。

ずっと水芭蕉のまま更新がないのもさびしいので、年が改まったのを機会にぼちぼち再開してみたいと思います。

昨年は、ヨメが復職したこと、セガレが保育園に通い始めたこと、私が異動したことなど、春が大きな転機でした。詳しくはヨメが書いていますが(よって私には書くことがあまりない。。。)、それぞれ変化を楽しむことができたと思います。

私個人としては、インドに4回出張する機会があったこと、8月に創刊した「夏潮」のお手伝いを始めたこと、などが思い出に残るところです。

今年の三が日は、私の実家、ヨメの実家にそれぞれ泊まって、文字通りゆっくりしました。一番気も使わず、何にもしなかったのは私かな?なにはともあれ、皆息災で新年を迎えられたのは何よりでした。

今年は夏以降、私にも私の家族にも大きな変化が訪れそうなので、心してかかりたいと思います。(なんのこっちゃ?)
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# by jagannaath | 2008-01-03 23:14 | 家族

ミズバショウ。

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笠岳スキー場、水芭蕉公園にて。白いところは苞であり、花びらではないとのこと。一つ一つを凝視するとへんな花だ。
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# by jagannaath | 2007-05-27 11:03

渋峠スキー場。

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まだ営業中。
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# by jagannaath | 2007-05-27 10:34

志賀高原石の湯ロッジ前。

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やっと白樺などが芽吹き始めたところ。鶯の声がりんどう平を満たしています。
昨日は庚申待だったけれど、八時すぎに沈没してしまった。東京組がしっかり夜明かししてくれたことを期待。
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# by jagannaath | 2007-05-27 09:04

作付け。

連休中、何回か畑に行って、苗の植え付けなどをやった。

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# by jagannaath | 2007-05-05 22:58 | 菜園

春・夏に向けて。

午前中セガレをプールに連れて行き、その脚で跨線橋へ。小一時間遊んで、家に帰るとヨメの友達が沢山来ていたが、雨が降りそうなので、挨拶もそこそこに畑に行った。

ここ一ヶ月半ほど楽しんだホウレンソウもそろそろお終い。小粒だが、実に味の濃いブロッコリーは次から次へと脇から花芽が出てきて、当面楽しめそう。いずれもセガレの大好物だ。

試しに抜いてみたダイコンは立派に育っていた。根菜は聖天さんみたいな二股大根など、何が出てくるか判らないのでドキドキするのと、地面とのちょっとした引っ張り合いになるので、抜く瞬間が楽しい。

タマネギは随分と大きくなっているのだが、隣の区画のベテランの方から、葉っぱが大きくなっているのは肥料が窒素に偏っている可能性があるから、燐酸系の肥料に切り替えてみてはどうか、とのアドバイスを頂戴した。そういえば、去年のトマトも窒素過多気味だったのか、葉っぱが繁りすぎだったかもしれない。肥料の切り替えは明日、もしくは来週以降の課題。

イチゴはピンクの花が咲き始めた。本当はマルチをかけたほうがよいのだが、これも来週以降の課題か。

さて、春分の日にも少しやったのだが、今日も畝たてをやった。

スコップと鍬で30センチくらい掘り下げては、一旦別のところに山を築き、掘った穴に石灰・元肥を入れてからそれをまた埋め戻して畝を立て、畝の上をレーキ(先が平らの熊手)で平らに均す。たかだか三坪ほどの土地。大した作業ではないが、その最中は無心になれるのが良い。囚人の拷問の一つに、穴を掘らせて土を盛り上げさせ、それをまた別の穴を掘らせて埋める、という無意味な作業を無限に繰り返させる、というのがあると聞いたことがある。それに似ていないでもないが、これは明らかな目的意識のある営為。

畝たてが一段落したので、今日はジャガイモの種芋を植えて、ニンジンと白カブの種を蒔いた。

来週以降に、クウシンサイ(エンサイ)、トウモロコシ、エダマメ等を続々と蒔き、晩春・夏の収穫を目指す。

今日時点の作付けは以下のとおり。
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# by jagannaath | 2007-03-24 23:57 | 菜園

三鷹の跨線橋。

今日は、セガレのスイミングスクールの後、三鷹の跨線橋に行った。そう、以前ヨメが書いたように、私のツボにもはまったのだ。

好天、春隣。霞の向こうに富士山がうっすらと見えた。

次から次へと、上り下りの中央線快速、中央特快、青梅特快速、「あずさ」「かいじ」などが足下を過ぎていく。今日も先客が多い。殆どが子供づれ。そして殆どが父ちゃんとセガレの組み合わせ。我が家も最初は父ちゃんとセガレだけだったのだが、母ちゃんも呼び出して、結局小一時間、橋の上で過ごしてしまった。

それにしても、感心するのは、橋の上から手を振っている子供たち(とそれについてきた大人たち)に対して、警笛を鳴らしてくれる運転手さんの多いこと。余裕のある(?:ヨメによれば、三鷹の駅を出たばかりの下り列車のほうが、時間に余裕があるらしい)運転手さんの場合には、警笛だけではなくて、白い手袋の手を振り返してくれる。子供たちは(そして大人も)大喜び。(車掌さんは車内アナウンスで忙しいのだろうか、あまり反応してくれない。)

その情景に接するたびに、心の琴線に触れるものがあって、「いいなあ」と思う。世の中悪いことばかりじゃないなあ、と。足下を時速数十キロで通り過ぎる運転手さんと、手を振る子供たち、言葉を交わすわけではないのに、気持ちが通い合っているのだ。

ここに来るたび、何かうれしい、得をしたような気持ちになる。
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# by jagannaath | 2007-02-03 23:56 | 雑記

手応え。

昨年9月から、とある大学院で週1コマ教えている。自分の仕事(まあ、それなりに特殊な業界なので)について、説明しているのだが、体系立てて話すために、うろ覚えのことを改めて復習したりして、却って自分の勉強になっている。

全15回の講義も来週でお終い。来週は試験なのだが、今日の講義では、これまで説明してきたことを吸収した上での気づきの点について質問が出てきて、「おお、伝わってるな」と、軽く「手応え」を感じた。大げさに言えば、「教える喜び」みたいなものをちょっとだけ実感したのだった。

これまで私の拙い話を聞いてくれた学生さんたちに感謝。毎回講義の準備が不十分で申し訳なく思っているが、来年も同様の機会が与えられれば嬉しい。
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# by jagannaath | 2007-01-25 23:59 | 雑記

セガレと寿限無。

風呂の中で、セガレに、NHKの「にほんごであそぼ」の「寿限無」の歌を歌ってやったら、「くうねるところにすむところ」の後で、「ヨイチョ!」との合いの手を入れてきて大笑い。そのうち自分で「じゅげむじゅげむ」とはじめるかも知れない。
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# by jagannaath | 2007-01-20 23:28 | 家族

グルジアからのカード。

年末年始に取引先からカードをもらうことが多いが、今年もらったもので一番気に入ったのが、これ。ヨーロッパみたいな、中近東みたいな、まあ要はその中間のトビリシの町の雰囲気がよく出ている。
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封筒に貼ってあった切手もよい(一番下のがひっくり返っているのはご愛嬌)。
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以前も書いたが、トビリシは仕事なしでゆっくり行きたいところだ。
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# by jagannaath | 2007-01-20 22:51 | コーカサス

夜句会。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今晩は夜句会に出た。すごく久しぶり。もしかしたらセガレが生まれて以来かもしれない。(と、帰宅後にヨメに言ったら、「セガレが生まれたからといって、アンタがサボる理由はどこにもない!」と一笑に付されたが。)

今日の兼題は、「左義長」と「青木の実」。

正直に言えば、いずれの季題についても、実物を見ることなく、出勤途中の電車の中で作ったので(=言い訳)、私の出句は完全に空振り。唯一、最後の最後に先生に採ってもらったのは、兼題とは関係のない、
冬帽の眉までひたと包みをり

だけだった。。。

さて、左義長について、私の選句稿に記した句は以下のとおり:
左義長を囲ふ御幣の煤汚れ
左義長や周囲あまねく掃き清め
左義長の火入れを待てる月明り
左義長の火入れ待つ間の日向かな
錐揉みの火より左義長始まれる
左義長のもう崩れさう待つてをる
左義長の爆ぜて炎の更に濃く
崩されてどんどの熱を放ちけり
浦人のこれが全てや浜どんど
お汁粉のテントも出来てどんど焼
髪の毛にどんどの匂ひ子等戻る

これらの句一つ一つで、左義長の準備、左義長(どんど焼)の燃えて崩れ行く姿、どんど焼に参加者した人・行事を支える地域の人々などが捉えられている。選句中、次から次へと、様々な視点から左義長を捉えた句を目にして、左義長が実に立体的に見えてきた。選後に先生から、「何本も映画を見たような気がする」との言があった。私の鑑賞力では映画とまでは行かず、豪華な写真展といった感じだが、視線の多様さ、またそれを映像そのものではなく、言葉をもって表現することの豊かさを強く感じたのだった。

披講後、昼と夜の火入れの句(いずれも実際の嘱目句)が出されたことをきっかけに、本来左義長は昼のものか夜のものか、ということが話題になった。元来左義長という名前は、宮中行事からきているらしいから昼の行事なのではないか、そもそも火を使う行事なので夜のものなのではないか、また宮中行事だったとは言え、その根っこはより「火を崇める」といったところにある、習俗的なものなのではないか、などなど。確か、父の郷里の松本で行われる左義長(三九郎と呼ばれている)は、夜の行事であると聞いた記憶がある(私は実際三九郎に行ったことは多分ない)ので、結論としては、「今や習俗化しているので、地方によって違う」ということではないか、と思う。

と、いうことで、自分の句はすっかり駄目だったが、俳句、そして句会、特に選句の楽しさを改めて実感した。恥ずかしながら(いや、今更ながら本当に)、これまで、自分のどの句がどれくらい採られるか、という一点に関心が集中していたような気がする。しかし、今日の句会では、とりわけ自分が持ち合わせていなかった様々な視角から季題を捉らえる機会を与えてくれる選句の楽しさ、有り難さを強く感じたのだった。
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# by jagannaath | 2007-01-16 23:35 | 俳句

タシケントの日曜日

今日は日曜日。先週は寒くて街路樹に樹氷がついたというタシケントも、打って変わって暖かな日和。

午前中はちょっとした会議があった。午後はさて、ホテルのサウナにでも入ってゆっくりしようかな、と思っていたところ、世銀の局長さんから電話がかかってきて、あなたが中央アジアに出張してきていると聞いたのだけれど、自分も今タシケントにいるので、良ければ会いませんか、とのこと。突然の電話で驚いたのだけれども、よく考えたら先週来メールや電話が行き違いになっていて、今朝ほど今タシケントにいますよ、とメールで知らせたところだった。先方はBlackberryでメールをチェックしていて同じ町にいることに気づいたとのこと。世銀のメールは世界中どこにいてもBlackBerryでチェックできるようになっているんだけど、BlackBerryを使えない数少ない国が日本なんだよねー、と言っていた。

車がなかったので、先方のホテルまで徒歩で向かう。30分くらいかなと思いつつ、念のため1時間前に出たら案の定30分くらい前に着いてしまったので、ホテルの近くにある「日本庭園」(Yapon Gog`i)時間をつぶすことにした。

入場料(1500スム:直前に買った1.5リットルの水350スムに比べると高い!)を払って中に入ると、結婚式を終えたばかりのロシア系の花嫁花婿がカメラマンの前でいろいろなポーズを取っていた。よく見るともう一組、こちらは朝鮮族系?のカップルがビデオ撮影中。どうやら、ここで結婚式の記念写真を撮るのが流行っているらしい。この国でもウェディングドレス姿の女性が主役。庭園の池は凍りついているというのに、肩を出していろいろなポーズで写真に納まっていた。その間、ダンナはニコニコしながらもポケットに手を突っ込んで、なんとなく寒そう。

世銀の局長さんとの打ち合わせの後、地下鉄に乗った。タシケントに来るのはこれで8回目だけれども、実は地下鉄に乗るのは初めて。駅は写真撮影禁止のはずなのだけれど、こっそり撮ってみた

三駅しか乗っていないが、駅ごとにデザインが違うようだ。今度来た時は他の駅も見てみたいと思う。核シェルターにもなるというモスクワの地下鉄のように深いのかと思っていたが、それほど深くはない一方で、思っていたとおり「つくり」が馬鹿でかい。空調が入っていないので、駅の中も電車の中も地上と同じ位寒かった。

帰り途にアライスキ市場(写真はドライフルーツ屋の兄ちゃんたち)に寄って、お土産のドライフルーツを買い込んでホテルに戻る。夕食をとりながら、今度はまた別のプロジェクトの関係者と打ち合わせ。

と、いうわけで、まあ、ゆっくりな中にもそれなりの仕事をした一日であった。
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# by jagannaath | 2006-12-17 22:51 | 中央アジア

Bye bye Dushanbe.

I will leave Dushanbe tomorrow. Leaving here by aircraft for Khudzhand, and thereafter on road over the border to Tashkent, Uzbekistan.

I hope I can come back here in coming Spring in order to seek more concrete opportunities for our business in this country.
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# by jagannaath | 2006-12-16 04:23 | 中央アジア

Dushanbe-2

It has been another hectic day in Dushanbe. We did not have spare time to visit bazaars and places of interest: the main department store called Tsum in the city closes its business at 16:00 and the bazaars which open at 5:00 closes at around 14:00 or 15:00. Needless to say, we could not find any time to visit museum where we can see lying Buddha (replica of which was exhibited at Aichi Expo in 2005).

Just between the meetings we could manage to have some 15 minutes to visit a souvenior shop where I found a hat typically worn by assasinated General Masood Shah in Afghanistan: it fits me and it's with me now!

As can be seen from the map, Tajikistan, almost unknown country in Japan, is located just north to Afghanisatan and the General Masood (my new hat which appears to have been made in Pakistan says "In the memory of Afghan's Proud Millitant Ahmed Shah Massod Shaheed") was actually ethic Tajik born and educated in Afghanistan. Naturally, as land locked countries the ethic population and borders do not coincide. The map shows that Tajikistan has a long border with Afghanistan. The narrow strip between Tajikistan and Pakistan is called Wakhan Corridor. Back in the history, when British in India and Russians were playing so called the Great Game in Central Asia, Afganistan was kept (or left out) as a neutral or buffer land, and hence the Wakhan Corridor remained as frontline of the big powers' confrontation till date. A renewed Great Game of this centry is now being played in Tajikistan.

(I will write an additional article on this subject later.)
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# by jagannaath | 2006-12-16 04:04 | 中央アジア