Dushanbe!

After a long trip via Moscow, now I am in Dushanbe, Tajikistan.

Although it is rather cold (-5 to +5 degree) here, unlike much populated Central Asian cities like Almaty, air is fresh and the atmosphere is very calm. During night, we can see a sky filled with stars.

I will be staying here till Saturday morning, and leaving here for Tashkent, Uzbekistan over the border.

I may put up some photos of Dushanbe tomorrow.
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# by jagannaath | 2006-12-14 04:06 | 中央アジア

「御馳走帖」とセガレの熱。

一週間のうち、深夜着早朝発が二回、機内泊が一回という、カザフスタン・ウズベキスタンへの出張に行ってきた。カザフスタンのアスタナは氷点下、ウズベキスタンのタシケントでは初雪が降った。

c0013494_2328931.jpg仕事も大変だったが、なんだかんだいって移動時間が長かったので、その間、随分前に買ったきりになっていた、内田百閒(門がまえに「月」)先生の「御馳走帖」(中公文書)を耽読した。

なんと言っても、食べ物への拘りに加えて、晩飯に向けて腹を空かせるために人の誘いを頑なに断るなど、ちょっとへそ曲がりなところ、やせ我慢がよい。酒好きで時にだらしないところもよい。また、時代が違うのか、子供の頃から家族公認で煙管を吸っていた話とか、肉、特に豚肉を食べることがまだ目新しかった時代の話とか、カレーのことを書いた小片が「芥子飯」と題されているなど、とにかく読んでいて飽きない。「昭和十九年ノ夏初メ段段食ベルモノガナクナツテキタノデセメテ記憶ノ中カラウマイ物食ベタイ物ノ名前ダケデモ探シ出シテ見ヨウト思ヒツイテコノ目録ヲ作ツタ」との註の後に延々と旨そうなものの名前が並ぶ、有名な「餓鬼道肴蔬目録」も収められている。

さて、空港に降り立ってヨメに連絡したところ、セガレが熱を出しているとのこと。新宿までバスで行き、中央線に乗って吉祥寺の駅ビルにたどり着いた。頼まれた豆腐とゼリーとジュースを買おうと思って行ったりきたりしているうちに、セガレの好物の「ラフランス」が二個二百円とお手ごろな値段で売っているのを見かけたので、買おうと思った。その隣にはりんごがあったが、小さい時に熱を出したりすると、母がりんごのすりおろしたのを食べさせてくれたことを思い出して、りんごも買おうと思ったのだった。

結局、スーツケースを引きずりながら右往左往しているうちに、「ラフランス」は買ったのに、りんごを忘れてしまったのだが、セガレが生まれてからというもの、ちょっとした出来事をきっかけに、自分の幼かったときのこと、親や周りの人がしてくれたことなどを思い出し、懐かしく、ありがたく、面白く思うことが多い(実は、家に帰ったらりんごはあった)。

そういえば、百閒先生の随筆には、ところどころに子供時代のことが描かれている。先生五十歳を越えた頃の稿だが、そこに子供時代のことが克明かつほのぼのと書かれている。その点も「御馳走帖」の大きな魅力である(「薬喰」「シュークリーム」「油揚」「牛乳」「麦酒」など)。
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# by jagannaath | 2006-11-22 22:17 | 雑記

週末。

今週末は家の周りで過ごした。

土曜日、前日の深酒が祟って、完璧な寝不足・二日酔いで目覚めた。小雨の中、身体に鞭打って近くのデパートの前の広場の物産展に行く。その後アーケード街をぶらぶら、昼飯は一品630円均一のタイ料理屋に行き、こちらは、アルコール類を目にするのも嫌な状態だというのにヨメが旨そうにシンハ-ビールを飲むのを恨めしく眺める。その後、デパートのおもちゃ売り場でセガレをひとしきり遊ばせた後、ベビーカーでセガレが寝てしまったのをこれ良しと、ヨメと喫茶店なるものに入ってみた。実はヨメと酒が一滴もない喫茶店に入るのは、結婚前から数えてもこれが二回目(除スターバックス系)。いつもは「いせや」とか、どうしてもそっち方面に流れてしまうのだが、今日はパフェとケーキと紅茶ときた。これも二日酔いの効用か。まあ、たまにはよい。暗くなる前に帰ってきて、セガレとゆっくり風呂に入った。

今朝は、まず、三鷹の跨線橋に行った。中央線・総武線・東西線の電車電車電車!電車区に入ってくる回送電車にセガレが手を振ったら運転台のおじさんが手を振り返してくれた。中央特快や「あずさ」も足許を通り過ぎて、セガレが興奮、父ちゃんも興奮、母ちゃんも興奮。ちょっと雲にさえぎられてしまったが、富士山もくっきり見えた。その後、偶然保育園のバザーを見つけたので、母ちゃん再度興奮。30分後には大きな紙袋一杯にセガレの服を購入して会場を後に、「武蔵野青空市」へ。青空の下、ちょっとしたステージがあってバンドが演奏していたり、なぜかその横にはペンキで描く銭湯画の実演があったり、昨日と同じような物産展があったり、食べ物も売っていて、小春日の下、老若男女(どちらかというと老・女が多かった印象)がゆったりとした時間を過ごしている感じで、悪い意味じゃなくて、「平和だなぁ」と思った。地元農協の品評会の野菜を山ほど買って一旦帰宅。お昼寝に突入したセガレと母ちゃんを残し、父ちゃんは畑へ。今日はもういい加減季節が終わってしまったナスを抜くとともに、空いていたところにダイコンを蒔いた。今日の作業の結果、現在の作付けは以下のとおり。
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帰宅後、ずっとやりたかった革製品の修繕をしたり、昨日買ったままになっていた生筋子の血抜きをしてから塩水の中でほぐしてしょうゆ漬けを作ったりした。こういう作業は無心に続けられるのでそれはそれでまたよい。今晩もまたセガレとゆっくり風呂に入った。セガレは最近風呂の中でも色々と芸が増えてきて面白い。

そんな感じで二日間過ごして、日記を書いているのだが、どこかに出かけたわけではなく、家の周りで過ごしただけなのだが、なんと言おうか、静かに充実した二日間であった。
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# by jagannaath | 2006-11-13 00:30 | 雑記

神保町のカレー。

今日は昼にパスポート用の写真を取りに出かけた。

昨日ナンの記事を書いたからというわけでもないが、突然カレーが食べたくなったので、スマトラカレーの共栄堂に行って見たのだが、長蛇の列だったので、あっさり諦めた。

そこで、久しぶりに、「元祖 櫓」に行ってみた。こちらも結構行列になっていることがあるが、今日はあまり待つことも無く座ることが出来た。

ここは、夜は「ベタな居酒屋」(もしかしたら最近は違うかもしれない)なのだが、昼はベンガル人のマスターとコックさんがやっているカレー屋に化ける。800円で、チキン・野菜・マトン・日替わりの中から一種類、サラダとデザートがつく。前に行ったとき(多分2年くらい前)には、カレーとご飯だけだったのだが、なんと、今日行ったら調理場に本格的なタンドールが導入されていて、焼きたてのナンも選択できるようになっていた。

マトンにしようか、日替わりのキーマ(ひき肉カレー)にしようか悩んだが、マトンカレーを食べた。久しぶりに本格的なインドカレーを食べたという実感。ナンも旨い。そして、デザートは本格的なインディアンスウィートだった。いやいや、堪能。

この店のマスターは確かバングラデシュ出身なのだが、日本語ぺらぺら。調理場のコックさんたちにオーダーを伝えるのも、調理場からの復唱もみんな日本語。詳しい話は聞いたことがないが、おそらく、居酒屋でアルバイトでもしているうちに、せっかくだから、昼はカレー出してみたらどうか、ということになって任されて、それが当たって大成功、いまや調理場にはタンドールが鎮座しているということではないかと思う(間違っていたらすみません)。

南アジア出身の人がこつこつと働いて成功を収めているのを目にするのはうれしいことだ。これからもちょくちょく通って応援したいなあ、と思っている。
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# by jagannaath | 2006-10-26 00:05 | インド・南アジア

ウルムチに行って来た。

先週中国は新疆ウイグル自治区のウルムチ(烏魯木斉)に出張してきた。

新疆ウイグル自治区は中国の西のはずれ、地理的にはカザフスタン・キルギス・タジキスタンに接していて、中央アジアの一部といって間違いない。

トルファンや敦煌の近くなので、「NHKシルクロードに出てくるオアシス」をイメージしていたが、街の雰囲気はいかにも中国の都市という感じで、若干期待を裏切られた。古いアパートも建っていれば、壮大な人民ホールとか、賓館などもある。その一方で、新しい高層ビルやマンションも建っている(勿論、上海ほどではない)。一方で、町のところどころに小さいながらもモスクがあり、殆どが漢字表記の看板の中には、時折ウイグル語表記(アラビア文字)も見られる。人口は160万人を超えているという。

さて、食事の時に、インドからアフガニスタン・中央アジアにかけて見られる「ナン」のようなパンが出てきたので、これは中国語でなんと言いますか?と聞いたところ、なんと、「ナン」だという。

そこで、漢字でどう書くのか?と、一緒に食事していた大学生に聞いたところ、何か、はにかみながら、もじもじしてポケットに手を突っ込んだ。何を始めるのかと思ったら、携帯電話を取り出し、なにやら検索している。そう、あの漢字の国、中国の人も、最近はパソコンや携帯電話に依存しているので、「読めても書けない」ことがあるそうだ。

携帯の変換システムは併音(この場合はnang)を入力して、候補の漢字がずらっと並ぶものから選んでいくというもの。ほかのシステムもあるのかもしれないが、単語ではなく漢字一文字一文字を入力するのであれば、結構面倒な入力システムかもしれない。

ところで、大学生君が苦労して探してくれた漢字は、
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もともとはnanというウイグル語?の発音に併せたものなのだろうが、「食」偏に、嚢(ふくろ)という字は何となくナンの雰囲気がでているような気もして面白かった。
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# by jagannaath | 2006-10-25 00:54 | 中央アジア

最近の菜園。

最近の菜園、実はあまり調子がよろしくない。

ナスは一段落。秋に向けてそろそろ枝葉を切り込む段階。

ダイコンは収穫済み。その後には新たにコマツナを播種。
また、別の空いた場所にはモロヘイヤを播種。

ジャガイモも収穫済み。その後には自家製堆肥を埋め込んで熟成中。

オクラは遅ればせながら収穫が始まったが、背丈はまだ40センチくらいでこれから。

落花生はどんどん繁り、花も咲いて、地中に向かって子房柄が伸びているところ。

地味なところで、コンスタントに収穫できるのは、シシトウとピーマン。

と、いった状況で、ほぼ一段落で一息入れているところなのではあるが、夏到来、本来主役であるべきトマト・ミニトマトとキュウリはどうも調子がよろしくない。トマト・キュウリの棚をケチったこともあるが、どうも病気にかかってしまったのか、ミニトマトは茎ごとかれてしまった株もあり、ほぼ終わり。キュウリも出来はするものの、なんだか変な皺が寄ったものばかりでちょっとこれまでとは具合が違う。

と、いうことで若干スランプ気味。それに加えて、蚊がすごい。ちょっとしゃがんで草取りなどをしていると、顔の前に二匹、足元に5匹と、寄ってたかって襲ってくる。

夕方に、虫除け(一応乳幼児用)を体中に塗ったセガレを連れて行った。セガレは座り込んで泥んこで遊んでいたのだが、ある時からどろどろの手で目の周りにやたらと手をやって、顔中泥だらけになってしまった。そのときには単に遊んでいるだけかと思って笑っていたのだが、憎っくき蚊のヤツ、虫除けを塗っていない顔の、それも目のすぐ横を喰っており、そこが痒くて掻いていたらしい(まるで耳なし芳一じゃあないか)。

放っておけば、雑草はどんどん伸びるし、かといって蚊はいやだし(聴いた話では、O型の、小太りの、酒呑みというのが一番蚊に喰われ易いらしい)、そしてなんと言っても暑いし、なんとも厳しい季節の到来である。
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# by jagannaath | 2006-08-07 00:04 | 菜園

男同士の。。。

土曜日である。最近土日の朝の楽しみは、ゴロゴロしながらセガレと遊ぶこと。此の頃はセガレもトタトタと歩くので、ゴロゴロだけでは収まらなくなっていたが、それでも父ちゃんはゴロゴロ。

ゴロゴロしている私の顔の中心に甚く興味をもったようで、やたらと手を出してくる。特に鼻をつまんでぎゅうっと引っ張るのが好きなようだ。たいした力ではないのだが、ヤツの爪といったら、薄くてやたらと伸びが速いので、かみそりの刃の如し。彼なりの力でもぎゅうっとやられると痛いの何の。

痛い痛い、やめてくれー、といってもセガレには通じていないのか、それとも敢えて繰り返し襲い掛かってくるのか(最近は随分と我々の言っていることを判っている節がある)、よくわからないが、ぐうたら父ちゃんは逃げ出すのも、起き上がるのも面倒なので、思いつきで、ぎゅうっとやられたら、セガレのほっぺたにしつこくチュチュチュ、とやり返すことにした(普段は結構嫌がるので)。それでもセガレは飽きることなく鼻をつまんでくる。こちらはチュチュチュとやり返す。。。

そんなこんなで、組んづ解れつやっていたら、図らずも私の唇とセガレのそれが。。。

こちらも驚いたが、セガレも相当違和感あったようで、途端に鼻つかみ遊びは終わりになったのだった。
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# by jagannaath | 2006-08-05 23:24 | 家族

日盛会。

先日おやじ旅でご一緒した先生が、8月1日から「日盛会」(ひざかりかい)を始めた。

高濱虚子が明治四十一年八月一日から三十一日まで句会を毎日一回開催したことにちなんで、八月一杯毎日、それも一日午前・午後と二回、継続して句会を開催するというもの。一回の出句は十句、参加者は俳句の経験、俳壇における名声の有無など関係なく、平等な立場で句会に参加する。毎日午前の句会の兼題は、98年前に虚子が行った日盛会と原則同じ。この間、すべての句会に出席するのは先生だけだが、都合620句を出句されることとなる。作っても捨てる句もあるだろうから、すごい数である。

さて、本日、休みを取って、句会会場となる先生のご自宅へ(於逗子)。入り口には三崎漁港の旗屋さんに特注したという「日盛会」の旗がかかっていた。

実は久しぶりの句会だったこともあり、あんまり調子が出なかったが、互選(一人十句選)で以下の六句が入選した。午前の句会の兼題は「蓴(ぬなわ=蓴菜 )だったが、これについては想像で作ったので結局入選なし。
乾きたる暑さの中をバザールへ
白昼の真つ只中の片影へ
夏帽のちよこちよこふらり歩み来る
こぼさじと麦茶のコップ持ちたる子
素つ気無い主一人の夏山家
油照鉄路彼方へ続きをり
句会が終わったところで、ヨメとセガレが合流。簡単にお昼を食べてから、逗子の海岸へ。セガレにとっては初めての海だ。波打ち際でぽしゃぽしゃやっているだけだが、随分興奮していた。浜の砂でべちゃべちゃ遊ぶのも楽しんでいて、顔中砂だらけにしてニコニコ笑っていた。

海から先生の家に戻って、15:30からは午後の句会。ここは私がセガレの面倒を見て、代わりにヨメが句会に出席(詳細はたぶんヨメが書くでしょう)。

午後の句会も終わって、「のどを湿らせよう」ということになりビールを数本。

句会・海・宴会と盛りだくさんの楽しい一日となった。
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# by jagannaath | 2006-08-04 23:54 | 俳句

ミャンマー語。

今日、新宿エイサー祭りに行こうと思って、吉祥寺駅にいったら、突然、なんだか緊迫気味の構内アナウンスがあって、何かと思ったら、「今から、ミャンマーからのお客様を探すために、ミャンマー語で放送致します。」とのこと、それに引き続いて、女性の声で、「☆※◇◎! 〒▲※▲●○〠♪♬???▽〇■×▲◎Ẃ#&§※‰∑∬◆∵■◇!!!!」というメッセージが流れた。

多分、はぐれてしまった同郷人を探していて、探している本人が直接呼びかけたのだろうけれど、生まれて初めて聴いたミャンマー語は、ちょっと激しい口調で、「穏やかな仏教徒の国の言葉」といったイメージとはちょっと違っていた。多分「あんた、2時に中央口っていったのに、一体どこに言ったわけ?私は中央口のキオスクの前で待ってるから早く来なさいよ!!!」といった内容だったのだろう。

それにしても、公共の場で英語・中国語・韓国語のアナウンスは時々耳にするが、ミャンマー語のアナウンスとは、珍しいものを聞いてしまった。
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# by jagannaath | 2006-07-29 23:00 | 雑記

おやじ旅。

帰国したばかりというのに、この土日には、高校の在学中からお付き合い頂いている先生と俳句仲間の合計4名で、金に糸目をつけずに立派なおやじになるための、「おやじ旅」に出かけた。今回の旅は山梨県の増富温泉へ。

新宿⇒(あずさ号・宴会)⇒韮崎⇒(タクシー)⇒韮崎旭温泉⇒(タクシー)⇒増富温泉(昼食・宴会・瑞牆山荘往復・増富の湯宿泊・入湯・句会・宴会・朝風呂)⇒(バス)⇒韮崎駅⇒(JR)⇒小淵沢⇒(タクシー)⇒サントリー白水蒸留所(ウィスキー工場見学・試飲・試飲・昼食)⇒(タクシー)⇒尾白の森名水公園・尾白の湯⇒(タクシー)⇒小淵沢駅⇒(JR)⇒立川経由吉祥寺(私以外はそのまま新宿へ)。

吉祥寺着後、せっかくの週末、しかも出張から帰ったばかりなのに遊びに出かけてしまうなんてけしからん!と、駅付近で待ち構えていたヨメとセガレとともに「いせや」へ行って軽く一杯。
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# by jagannaath | 2006-07-23 23:32 | 雑記

帰国・出勤・収穫。

11日から出ていたウズベキスタン・カザフスタンへの出張から今朝帰着。その足で出勤。
ちょっと早く退けて、ヨメ・セガレとの再開もつかの間、小雨降る中を畑へ。

写真は本日の収穫の一部。
このほかに写真の2倍くらいのミニトマト、ダイコン(収穫了)、ツルムラサキなど。

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(クリックすると大きくなる)

出張中、ヨメのブログを読んで、ミニトマト100個とは大げさな、と思ったが、いやいや、そのとおりであった。ただし、長雨で水分過多のためか、トマトはあんまり甘くはない。(それでも旨いけれど)

また、キュウリ・トマトの棚の部材をケチって安い竹ざおにしたら、窒素過多気味で葉が繁り過ぎ且つ実が沢山なり過ぎで重くなったトマトの枝を支えきれなくなったみたいで、棚全体が傾いでしまい、トマトの枝もいくつか折れてしまっていた。やはり素人仕事であった。反省。

ジャガイモとダイコンを収穫してしまったので、場所が空いた。さて次なる作付けは?
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# by jagannaath | 2006-07-22 00:25 | 菜園

本日の収穫。

今日は、会社の同僚(ママさん+男の子、ママさん予定者)が遊びに来たので、一緒に畑に行って収穫。男の子とダイコン抜いたり、ナスを採ったり、楽しかった。我がセガレもそのうち。
写真は撮らなかったけれど、以下が今週の成果。
・ジャガイモ(とりあえず一株だけ抜いてみた):10コ
・トマト:3つ
・ミニトマト:15コくらい
・シシトウ:20コくらい
・ナス:6コくらい
・水ナス:1つ
・キュウリ:8本くらい
・ダイコン:5本くらい
・ツルムラサキ:バケツ一杯半くらい
・コリアンダー:ワサワサ一杯
・レタス(蒔いた覚えがないが出てきたもの):1株
なんだか、いちいち数えるのが面倒なくらい採れた。
持って帰ってきて、みんなで山分けして、更にご近所にもおすそ分けした。
ヨメ曰く「もう、しばらく八百屋さんに行かなくてもいいねえ」とのこと。
週末にしか手を掛けていない、雑草だらけ、トマトやナスは脇芽伸び放題の畑だが、土と太陽の力、すごい。
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# by jagannaath | 2006-07-04 00:51 | 菜園

今日の収穫。

一族老若男女が集まったので、一緒に畑に行って収穫。

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これはごく一部。ダイコンは全部で5本、コリアンダー沢山などなど。
(残念ながら、3株あるキュウリの内一株はウドンコ病にかかってしまったので抜いて捨てた。)

ダイコン、キュウリは生で(ヨメが作った手前味噌をつけて)、そのほかはオーブンで焼いて食べたが、どれも甘くておいしい。(ダイコンはちょっとピリリとくる)

そういえば、先日採ったピーマンをその辺に転がしておいたら、セガレがバリバリと齧りはじめたのだが、中々止めない。子供はピーマンは嫌いなもの、と思っていたので、不思議だなあ、と、そのピーマンを齧ってみたら、これが甘い!新鮮な野菜というもの、どれも甘いから不思議だ。

さて、来週末は茎が黄色くなり始めたジャガイモと、やっと赤く色づき始めたトマトの収穫かな?

ソラマメ(ずっとアブラムシにやられていたので、最後は悲惨な状態だった)、レタス(もともとはヨメが近くの区画の方から、「余ったので」と一株を頂戴したもの)も収穫したので、土地が空いた。次の作付け計画を考えよう。いそがしいそがし。
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# by jagannaath | 2006-06-24 21:17 | 菜園

セガレに手を入れた。

セガレが生まれて一年。当初は随分と薄かった髪の毛も、今や前髪は眉にかかり、両耳も覆われるばかりに伸びてきたので、そろそろ暑いし、ここはさっぱりしてやろう、ということになって、ヨメが西松屋で「コームシェーパー」を買ってきた。

そういえば、
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# by jagannaath | 2006-06-20 01:05 | 家族

グルジアから帰国。

現地二日間の駆け足だったが、グルジアにいってきた。
仕事の上では、公共サービスの民営化を進めつつも、エネルギーなど戦略分野では、(天然ガス供給の大部分を依存しており、既に生殺与奪を握られている)ロシアからの企業進出に一定の歯止めをかけようとしているグルジア政府の難しい立場が良く分かった。
さて、グルジアと言えば、飯とワイン。ヒンカリ、ハチャブリ、ハルチョスープ、胡桃ソースのサラダ、サペラビ、ムクザニなどを楽しんで来た。グルジア特有の胡桃ソースの作り方を通訳さんに教えてもらったので作ってみよう。
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# by jagannaath | 2006-06-17 11:17

虚子「六百句」から。

生きてゐるしるしに新茶おくるとか 虚子

昭和十八年六月十七日、「玉藻五句集(第七十六回)」。同日付に、「簡単に新茶送ると便りかな」もある。
誰からであろうか、新茶を送りますよ、といった簡単な葉書が届いて、ちょっと待っているとはたして新茶が届いた。毎年この季節になると、簡単な言葉を添えて、新茶を送ってくれる友がいる。お互い齢を重ねているが、まだまだ元気。葉書には「まだ生きていますよ」などと、軽い冗談も書かれている。そんな付き合いの友への挨拶の句であろう。
通信と流通が極限まで発達した感のある現代では、携帯電話でいつどこにいても瞬時に電子メールが飛び交い、今日コンビニエンスストアに持ち込んだ荷物が明日には日本全国津々浦々に到着する。しかし、私のような若輩者ですら小さい頃には(といってももう三十年前!)、離れて暮らす祖父母から「小包を送ったから」などという電話があってから、「お爺ちゃんのりんごはいつ届くのだろう」などと、首を長くして待っていたことがあった。いつ届くという確証と便利さがないが故に、却って受け取った時の喜びがあり、送り手の気持ちが通じたのではないか。この句を鑑賞して、そのようなことを思い返したのだった。


一年間続いたこの稿もこれでお終い。到底、愛詠の句について記す、ということではなく、毎月の原稿締め切りに間に合わせるために、虚子「六百句」をひっくり返して対象句を選ぶことの繰り返しだったが、そうでもしないと、中々虚子の句をじっくり読む機会などないもの。大変勉強になった。
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# by jagannaath | 2006-06-13 00:40 | 虚子六百句

今朝の収穫。

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このほか、イチゴが5つほど(食べちゃった)。
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# by jagannaath | 2006-06-10 08:40 | 菜園

作付け(5月末現在)。

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# by jagannaath | 2006-05-31 23:38 | 菜園

虚子「六百句」から。

石段を登り漁村の寺涼し 虚子

昭和十六年五月二十三日、「鎌倉俳句会。小坪、小坪寺」。
漁村というもの、海に面しているのは当然だが、日本のそれは海と山や丘との境目の、ごく狭い一帯にあることが多い。船や漁具の手入れをしたり干物を干している浜は広々としているが、少し行くと、坂がちで迷路のような路地の一帯が始まり、そこに軒を触れ合わせんばかりに漁師の家々が密集している。
初夏の日差しの下、石段を登って、小さな漁村の寺までたどり着いた。一息入れると、風がひとしきり吹いて、束の間の涼しさをもたらす。境内には漁師が奉納した夥しい数の石仏や供養塔などが見える。石段から見下ろすと、きらきらした家々の甍が見え、その向こうには青い海原が見える。鑑賞としては、石段が高ければ高いほど、この句の世界は広がるような気がする。
同日の句に「戻り漕ぐ船を手招ぐ人跣足」、「干魚の上を鳶舞ふ浜暑し」がある。掲出句を含め、いずれも往時の初夏の小坪漁港ののんびりとした情景を絵葉書のように切り取った句である。

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# by jagannaath | 2006-05-28 00:24 | 虚子六百句

ひさしぶり。

仕事が忙しいというのは言い訳だが、更新が滞り始めてから随分と経ってしまった。
(その間、手抜き更新ばかりで。。。)

この間、いろいろありましたが(特に仕事はね)、

1.10日間で東京・ドバイ・タンザニア・ドバイ・アルマティ・アスタナ・ドバイ・東京と巡る出張をしてきた(2月初旬)。

2.アゼルバイジャンに出張した(4月中旬)。

3.市民農園を始めた(4月から)。

4.セガレに兜とこいのぼりを買った。

5.セガレと乗る自転車を買った

6.人間ドックにいった(結果問題なし)。

まあ無病息災、セガレもヨメも元気で、何より何より。
(と、結局これも手抜き更新?)
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# by jagannaath | 2006-05-07 23:19 | 雑記

中央アジア・コーカサスリンク集。

私が個人的に良く見る中央アジア・コーカサス関連のサイト集。
他にもよいサイトがあるかもしれませんので、ご存知の方は教えてください。

地域情勢(独立系・シンクタンク):
- Eurasia Daily Monitor: http://jamestown.org/edm/index.php
- Eurasianet: http://www.eurasianet.org/index.shtml
- Reuter Alert: http://www.alertnet.org/thefacts/countryprofiles/asia.htm
- Fergahana.ru: http://enews.ferghana.ru/main.php
- Carnegie Endowment for International Peace: http://www.carnegieendowment.org/programs/russia/index.cfm?prog=zru

地域情勢(政府系・その他):
- Uz Report (UZB): http://www.uzreport.com/
- Kazinform (KAZ): http://www.inform.kz/newsite/index.php?lang=eng
- Baku Today(AZB): http://www.bakutoday.net/
- AzerTag(AZB): http://www.azertag.com/en/index.shtml?language=english
- Trend(AZB): http://www.trend.az/index.php?&lang=en
- Turkmenisatan.ru(TRK): http://www.turkmenistan.ru/index.php?lang_id=en
- Messenger (GRG): http://www.messenger.com.ge/index.htm
- PanArmenian (ARM): http://www.panarmenian.net/

国際機関:
- World Bank (Europe and Central Asia): http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/COUNTRIES/ECAEXT/0,,menuPK:258604~pagePK:158889~piPK:146815~theSitePK:258599,00.html
- CIS-7 Initiative: http://lnweb18.worldbank.org/ECA/CIS7.nsf
- ADB (East and Central Asia): http://www.adb.org/EastCentralAsia/default.asp
- ADB (Central Asia Regional Economic Cooperation): http://www.adb.org/CAREC/default.asp
- IMF (Country Info): http://www.imf.org/external/country/index.htm

番外:
- 「トルクメニスタン共和国へようこそ」: http://www.beemanet.com/2002/turkmenistan/
- 「秋野豊ユーラシア基金」: http://www.akinoyutaka.org/index.htm
- 「対外情報調査第一部」: http://www2.odn.ne.jp/~cae02800/cis/index.htm
- 「日本ウズベキスタン協会」: http://homepage2.nifty.com/silkroad-uzbek/
- 「タジキスタン滞在記」: http://www.suzume.com/~tabi/
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# by jagannaath | 2006-05-03 08:24 | 中央アジア

虚子「六百句」から。

暮れければ灯(ともし)を向けぬ家桜 虚子

昭和十八年四月十二日、「望月龍、林周平招宴。木挽町、灘万」。
桜の木というのは、一年を通じてみると、盛んに落ちる蘂、次から次へとつく毛虫の類、そしていくら掃いても尽きることのない落ち葉と、手間のかかるものだが、これらはすべて花の季節に報われる。庭に桜の木を持つ家では、花の季節に客迎をすることが多いのではないか。例え公園の桜並木のように立派でなくとも花は桜木、一家の誇りなのだ。
客を迎え、先ずは午後の日の下で咲き誇る桜を愛でつつ酒肴と会話を楽しむうちに、気がつくと外は暮れてしまった。ではそろそろお暇を、と腰を上げようとする客を押しとどめ、ちょっと趣向があって、と予てから用意してあった灯りを灯すと、夕暮れの中に桜が浮かび上がって、客からもほぅという声が上がる。家の中の灯しを消してみることもあるだろう。通りがかりの人も、思わぬお相伴に預かって歩を留めているかも知れない。
この頃木挽町のなだ万には武原はんがいたのではなかろうか。そこに桜の木があったのかどうか知る由もないが、掲出句は、花の季節の主客の遊び心と客迎の心遣いを詠んだものだろう。

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# by jagannaath | 2006-04-25 22:48 | 虚子六百句

虚子「六百句」から。

書(ふみ)読むは無為の一つや置炬燵 虚子

昭和二十年二月十日。「即事。」
今月の対象句を選ぼうと「六百句」を繰っていたら、そもそも二月の句が少ない。一々数えてみたわけではないが、例えば「五句集」を母集団として月別に虚子の作句数を数えてみれば、二月が一番少ないのではないだろうか。虚子編「新歳時記」でも、二月の季題は少ない。
松山生まれで鎌倉在住だった虚子にとっては、寒さは大敵だったのだろうが、何の因果か疎開地は信州小諸で、厳しい寒さに晒されることとなった。「五句集」には炬燵の句が十三句所収されているが、初出は「必ずしも小諸の炬燵悪しからず」(昭和二十年)であり、それまであまり使うことの無かった炬燵との接点が小諸に疎開してから増えた、ということではないか。小諸時代には、「大炬燵当たれと請じくれにけり」「炬燵出ずもてなす心ありながら」などもある。
掲出句であるが、「炬燵にもあだには時を過ごすまじ」「句を玉と暖めてをる炬燵かな」と比べてみると面白い。また、どのような書物を読んでいたのか、読みながらついうとうとしてしまったのではないか、などと想像を膨らませてみるのも面白い。

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# by jagannaath | 2006-04-01 23:41 | 虚子六百句

虚子「六百句」から。

土塊を一つ動かし物芽出づ 虚子

昭和十九年三月十三日、「笹鳴会。御茶ノ水、日本出版文化倶楽部」。「六百句」には、他に「風折の烏帽子のごときもの芽あり」(昭和十七年)もある。
丁度、ベランダのプランタに蒔いた蚕豆が芽を出し始めたところなので、この句を採り上げるにあたり、じっくり観察してきた。すると正に、表面の土を押し上げ、薄緑色の芽が外界に出てこようとするところであった。土中にまかれた種が芽を出し、もともとは大地(我が家の場合はプランタだが)の表面を成していた一部分を押し上げて「土塊」に変えているという感じを受けた。暗い土の色と、鮮やかでいて且つ蔵する力を表したような薄緑の芽の色のコントラストも美しい。
土塊がそこにあったのではなく、ものの芽が土塊を作り出したのだ。掲出句は嘱目句ではないかもしれないが、虚子の「季題の引出し」にしかと収められていたものだろう。
虚子の物芽の句では、「新歳時記」にも収められている「ものの芽のあらはれ出でし大事かな」(昭和二年)がよく採り上げられるものと思うが、ちょっと俗っぽい感じもする。ものの芽の有り様を写生したこれら二句と併せ読んで改めて「大事かな」の句が活きてきた。

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# by jagannaath | 2006-04-01 23:41 | 虚子六百句

虚子「六百句」から。

凍てきびしされども空に冬日厳 虚子

昭和二十年一月四日。「毎日新聞より暦の句を徴されて。」とある。
虚子にとって初めての小諸の冬、さぞ寒かったのだろう。しかし、この句が新聞に求められ公表を前提としたものであることを考えると、「凍てきびし」というのは、時局のことをも指しているのではなかろうか。
資材不足から、ホトトギスや玉藻の出版体制も大きく影響を受けていた。あと数ヶ月もすれば、東京大空襲、沖縄戦など、太平洋戦争は一気に終局に向かっていく。新聞の読者はこの句を如何に解釈したか。多くの読者は「されども空に冬日厳」を、厳しい状況の中にも希望はある、という風に捉えたのではなかろうか。もしかしたら、新聞社からの依頼も言外にそのような意味を含めて欲しい、ということだったかもしれない。
しかし、虚子にとって冬日は「爛々と光つてゐる恩愛の塊」(「縁側散歩」)なのだ。「凍て厳しい空気、厳しい時局の中にも、恩愛の塊たる冬日は相変わらず大きくそこにある。お天道様は有難い。」ということなのだろう。戦争について「俳句は何の影響も受けなかつた。」とした虚子らしく、時局を意識しつつ、悪く言えば惚けた、逆の言い方をすれば、常に「月日の運行花の開落鳥の去来」と共にあったことを表す一句ではないか。

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# by jagannaath | 2006-04-01 23:40 | 虚子六百句

備忘録。

平成十七年に、俳句雑誌「惜春」の雑詠欄に掲載された俳句一覧

ついでにヨメのはこちら
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# by jagannaath | 2005-12-27 23:42 | 俳句

黄熱病の注射。

アフリカ行きに備えて、黄熱病の予防接種を受けた。

10年有効な注射ということで、相当強いワクチンなのだろうなあ、副作用も相当あるんだろうなあ、ビクビクしながら診療所に行った。

一通り問診表に記入した上で、先生に問診を受けた。
先生は一通り問診表の内容を確認して、注射の説明があった。

・今日は激しい運動は避けること。
・明日以降も激しい運動は当面控えること。
・今晩風呂は入っても良い。

と、ここまではまあ、想定されてはいたのだが、こちらから問うてはいないのにも関わらず、私の顔に書いてあったのか、

・お酒は少しならよい。
・でも、「少し」というのは人によって異なる(ニヤリ)。

とのことだった。
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# by jagannaath | 2005-12-22 21:33 | 雑記

グルジアから帰国。

帰途、経由地のヒースロー空港で、乗り継ぎ時間が実質20分しかなくなって、走り回ったりとか、いろいろあったが、無事帰国した。

トビリシでは、すべての仕事を終えた金曜日の夜、ブッシュ大統領も来たという店でお約束のヒンカリを食べた。

これが一人前。少し食べてしまった後の写真だが、グルジアの人は一人前10個をペロリと食べるのだという。
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ちょっと接写してみたもの。餃子よりも大きく、皮も分厚い。中には熱くておいしいスープが入っていて、これをふうふう、ずるずると、一滴もこぼさずに食べて、おへそのようになっているところは残すのが粋だそうだ。いやいや美味。まさにグルジア風小籠包で、シルクロードの妙を感じる。
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ヒンカリでお腹が膨れ上がった後、同じ広場にある温泉に行く。小さな半地下のドームがぽこぽこと並んでいて、それぞれ天辺から湯気が漏れている。中はきわめて清潔というわけではないが、硫黄のにおいのする、立派な掛け流しの温泉だった。ドームの内側の装飾も、イスラム風で、トルコのハマムと同じ雰囲気だ。しかも、ここにはトルコ(蒸し風呂)にはない温泉の浴槽がある!

一つ一つのドームは個室になっていて、 「一時間15ラリ(約1000円)。20ラリ(約1300円)を追加で払うと、サンスケさんが来て、手荒なマッサージとあかすりをやってくれる。そこもトルコ風呂と同じ。(マッサージ・あかすりについては、公定料金ではなく、サンスケさんとの交渉次第なので、20ラリはボラれたかもしれない?)

泉質は良く分からないが、硫黄のにおいがして、少し緑がかった色で、入っていると肌がすべすべしてくる。いい温泉だ。いやー、リフレッシュした。飯もワインも旨いし温泉もある。トビリシはすばらしい。
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# by jagannaath | 2005-12-19 00:06 | コーカサス

虚子「六百句」から。

鳰の頸伸びしと見しが潜りけり 虚子

昭和十六年十二月十一日。「草樹会。丸之内倶楽部別室。」とある。カイツブリは皇居のお濠で見たものか。
家の近くの公園に時々行って水鳥を眺めるのが好きだ。水鳥のなかで、カイツブリはオシドリのような派手さもなく、鯉を押しのけて餌を採りにくるマガモのようなずうずうしさもない。そもそも地味な色合いで、身体が小さい。水鳥の群れの中には必ずいるのだが、カイツブリだけで群れることはないので、ちょっと探さなければいけない。そして見つけたと思うと、くるっと水に潜ってしまい、長い潜水時間の後、見当も付かないところに浮上してくる。初夏には、どこに浮上するのか分からない親を探して雛が心細げに鳴いているのを見かけることもある。水面下で何を狙っているのか、派手な水鳥のなかで、なんとも職人っぽい感じで気になる。公園の池ではいつもカイツブリを目で追ってしまう。
掲出句は、そのカイツブリの潜りの一刹那を捉えた。カイツブリがふっと頸を伸ばした瞬間くるっと潜ってしまった、今度はどこに出てくるのだろう、と見ている様が良く分かる。主語が二つ。見たのは作者、潜ったのは鳰だ。カイツブリもフリーダイビングの選手のように、長い潜水に備え頸を伸ばして大きく息を吸い込むのだろうか。カイツブリの様態をじっと観察した一句である。

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# by jagannaath | 2005-12-18 23:35 | 虚子六百句

虚子「六百句」から。

寒からん山廬の我を訪ふ人は 虚子

昭和二十年十一月。「小諸山廬に素十、杞陽、春泥、芙蓉落合ふ。」とある。
同地での二度目の冬を迎えた虚子を素十、杞陽らが訪れた際の句である。終戦から三ヶ月後の交通状況がどのようなものであったか、私には想像がつかないが、新潟や東京から小諸まで行くのは大変な苦労があったのではないか。そのように虚子を慕って遠路遥々小諸までやってくる客への思いやりの句である。昭和十九年十一月には「我が寒さ訪ひつどひ来る志」という句もある。
掲出句は、自分にとっては二度目の冬であり、小諸の寒さには慣れてきたが、遠来来る人には山の冬はひときわ寒いことでしょう、ということ。とはいえ、同日、「炬燵出ずもてなす心ありながら」がある。師が親しい弟子をもてなす際のうちくだけた様子をありのままに詠んだものだが、これなど、実は寒さに一番弱かったのは虚子なのではないか、などと勘ぐりたくもなる。
同日には、「句も作り浮世話もして炬燵」「杞陽素十に素顔のことを爐話に」などがある。「句を」の形もあるようだが、「句もつくり」となっているところが、「初句会浮世話をするよりも」と比べると遊び心が表れているような気がする。久しぶりに弟子が揃ったことを素直に喜んび感謝している虚子の気持ちであろう。

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# by jagannaath | 2005-12-18 23:34 | 虚子六百句