Peaceful Tashkent

Tashkent is hot with 40 C, but very normal and peaceful.

Good night!
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# by jagannaath | 2005-06-22 02:19 | 中央アジア

今日から、

29日まで、ウズベキスタン・アゼルバイジャンへの出張です。
早く帰って来たいものだ。
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# by jagannaath | 2005-06-21 01:03 | 中央アジア

更新。

誕生当日日記書きました。
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# by jagannaath | 2005-06-16 00:59 | 家族

日記作成中。

赤ちゃんはお蔭様で元気にお乳を飲んでいます。一時減少した体重も順調に増えてきています。昨日無事退院しました。

誕生当日の日記は作成中。
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# by jagannaath | 2005-06-13 07:59 | 家族

生まれた!

陣痛開始後24時間の難産の末、本日午前4時21分3312gの男児誕生!母子共に健康です。

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# by jagannaath | 2005-06-07 06:34 | 家族

誕生!(長文)

午後6時ころ、内診と分娩監視装置の検査。子宮口の開きが5cm。ずっと、深く吐いては吸ってという呼吸法を二人でやっている。だんだん、「さすっていてほしい場所」が背中からお尻のほうに降りてきた。これ以降生まれるまで、ずうぅーっと、「ソフロロジー」のBGMを連続して流し続ける。呼吸法もこれに基づいて練習してきたので、なじんでいる。

午後11時ころ、内診。子宮口の開きが9cm、もうすこし。朝起きてから18時間以上、このころから、こちらも体力・眠気の限界。ベッドの上で、陣痛が来るたびにヨメをさすってやるが、さすり続けているうちに、いつの間にか陣痛は終わっていて、ヨメは寝ている。疲れ切っているからだろう、痛みの合間にも眠りが来ているのだ。あ、寝ているから俺も寝ようか、と思ってうつらうつらすると、陣痛がきてヨメに蹴っ飛ばされる。

午前0時ころ、内診。子宮口の開きは9cmのまま。あと一時間様子を見ることになったが、ヨメは限界に近い感じだ。更にさすり続ける。どこをさすったらいいのか良く判らなくきた。ちょっと違うとところをさわると、はねのけられる。さすっていると、さするのではなく、おしてくれ、と言われる。顔の汗を拭いてやろうとしても嫌がられる。ベッドの上は戦場と化した。

午前1時、内診。まだ9cmのまま。赤ちゃんの頭がなかなか降りてこないとのこと。ヨメはいきみ方が良く分からないという。1時20分、赤ちゃんにいま少し下のほうに来てもらうために、人工的に破水。その後水中出産プールに漬かり、いきむ訓練をするが、温水で陣痛が弱まってしまったのか、なかなか上手く行かない。2時過ぎに分娩台に戻り、いきみ続ける。分娩監視装置を見ると、いきむと赤ちゃんの心拍(通常120~160)が、一気に60台まで落ちることもある。呼吸を止めていきんでばかりいると赤ちゃんに酸素が行かなくなるのだ。脈が落ちてきたら深呼吸をすると、脈がすぐに130くらいまで戻るので安心。元気な子だ。

午後3時、内診。先生曰く赤ちゃんの頭がいまひとつ降りてきていなくて、産道を通じたお産はまったく不可能というわけではないが、もう少し頑張ってみて、無理ならば帝王切開もありうるとのこと。ヨメは、もう力が入らない、もう痛いのは嫌だといって、「もういいから切って(帝王切開して)」と先生に懇願する。僕の中では、手術は後々の負担もあるし、二人目以降も帝王切開になってしまうからできるだけ避けたほうがいいな、という直感と、一刻も早くヨメを楽にしてやりたい、という想いが交錯しつつ、結局のところ、自分が産めるわけではないし、本人がそういっているのだから致し方ないという総合判断。なんとも優柔不断なポジションになってしまった。先生は、ここまで頑張ったのだから本当にもったいないけども、本人がそういうなら、と言って、手術にも対応できるように準備をすすめてくださった。また、こんな早朝にも関わらず、応援の先生・助産婦さんにも連絡してくださった。

それから後も、ヨメは陣痛がくるたびにいきみ続けていた。僕はもう、手術ということにしたんだから、無理にいきまなくてもいいのに、そんなに頑張らなくてもいいよ、と思いつつ(そういう声をかけたような気もする)、でも無事に産道から生まれてくればそれに越したことはないとも思っていた(優柔不断というか、しかたないというか、情けない)。もうこのころになると、ヨメは痛みを訴えつつも朦朧としており、普通の会話が成り立つ感じではなかった。

手術になりそうなので、両家の両親に連絡をした。

4時過ぎに応援の先生(近隣の産婦人科の先生)と助産婦さんがおいでになり、手術が可能な顔ぶれが揃った。ヨメのお母さんも来てくれた。手術の準備は整ったが、その前に状況をもう一回確認したところ、「あ!さっきに比べると随分と降りてきてるから、これなら吸引分娩でいけるかもしれない。やってみて、だめなら手術にしよう。随分大きな子だから、吸引が始まったら、おなかの上からも押して出すよ」ということになった。「もういいから早く麻酔して(手術に入って)!」とうわごとのように言い続けるヨメに「もう一回だけがんばってみようね」と声をかけた。赤ちゃんに酸素を送るために、ヨメの口に酸素マスクを当てた。局部麻酔の後、赤ちゃんの頭に吸引カップがつけられ、準備がととのった。何回目かの陣痛の波が来たのを合図に、二人の先生の掛け声。今までにない力でいきむヨメ。頭が出てきた。もう一息、頑張れ、頑張れ、と声をかけるしかなかったが、最後はするっと赤ちゃんが出てきた。2005年6月7日午前4時21分。まだ全身が紫色だ。管で口の中の羊水を吸いだしてもらって、やっと声を上げて泣いた。弱弱しい声ではあったが、ああ、生きている、動いている、無事生まれたんだ、ヨメは本当に頑張ったな、と思うと、感動、というひとことで片付けてしまっては簡単になるが、実にうれしく、身体が震えて泣けてきた。男の子。五体満足。がんばったね。ありがとうございます。

このときの、「ありがとうございます」、という気持ちは、ヨメに向かっても、赤ちゃんに向かっても、先生方に向かっても、助産婦さんに向かっても、それからなんだか良く分からないが、神様というかなんというか、そういう存在に向かっても、すべてに対して向けた想いだった。

(後日助産婦さんに聞いたところ、赤ちゃんの首にはへその緒が巻き付いていたとのこと。母子ともに、本当に頑張ったんだ。)

ヨメは力尽きてしまい、生まれた直後の赤ちゃんを抱く力も残っていなかった。先生方に後始末をしていただいている間も呆然としつつ、痛い痛いと訴えていた。先生が「赤ちゃんは最良の鎮痛剤」と言ってくださったが、まだ抱く力はないという。その間、赤ちゃんの洗浄・計測が行われ、3,312g、身長52cm、頭のサイズは35cmだという。抱かせてもらうとずっしり重い。こんなに大きな、重い赤ちゃんがヨメのお腹の中にいたとは驚きだ。生まれた直後なのに、指のつめが良く伸びている。よっぽどお腹の中の居心地がよかったにちがいない。それにしても、手も脚も良く動く。元気な子だ。

助産婦さんが、こんなに大きな赤ちゃんだからお産が大変だったんだ、と言いつつ、まだ分娩台の上のヨメに赤ちゃんを抱かせる。その途端、不思議なことに、初乳というのだろうか、黄色っぽいお乳が出てきていて、赤ちゃんはなれない口つきながらもお乳を飲み始めた。ヨメが母になった瞬間、ということか。その頃になるとヨメも余裕があり、笑顔で写真に納まる元気も出てきた。ヨメのお父さんも駆けつけて、ビデオ・写真撮影大会となった(助産婦さんも驚くくらい)。僕が赤ちゃんを抱いて分娩室を出るところの撮影は2回ほど撮りなおし。もう目が開いていたが、撮影用ライトが当たると目を閉じてしまう。

すべてが終わって、ヨメが車椅子で病室まで戻るころには外はすっかり朝になっていた。旧暦5月1日新月、大安そして戌の日の朝だった。

この産院では、赤ちゃんは生まれた直後から母子同室ということ(だから、ドラマであるような、ガラス越しに「あれがうちの赤ちゃん!」という場面はなし)なのだが、特にお願いをして午前中一杯は助産婦さんに預かって頂き、ヨメと僕は個室23号室で泥のように眠ったのだった。
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# by jagannaath | 2005-06-07 04:21 | 家族

とうとう入院(その三)。

昼飯の後ノンストレステストと内診。スローペースだけれども前進あり、とのこと。
陣痛は、五~十分間隔でやってくる。その度に呼吸法と痛み逃がしのマッサージでしのぐ。あまりにも苦しそうなので、早く終われ!と思うのだが、僕に出来ることは、痛そうなところを摩ってあげることと、一緒に深呼吸することぐらいで、お産を早くすることも楽にすることもできない。
今日は一日休みを貰ってヨメといる。生まれて来るのは明日の朝になりそうで、感想を言うのはまだ早いが、今日一日ヨメと二人で一緒に過ごせて贅沢だなぁ、と思っている。
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# by jagannaath | 2005-06-06 21:42 | 家族

とうとう入院(そのニ)。

無線タクシーの番号の控えや、破水対策用のレジャーシートや、動転して道順がわからなくなった場合に備えたメモなどを用意しておいたのだが、結局流しのタクシーを拾って淡々と産院についたのは朝六時四十分過ぎ。
早速先生に見て頂き、入院となった。建物は古いがこざっぱりとしていて何か暖かい感じがする。
ノンストレステストの後、まだまだだから、赤ちゃんを産道の方に下げるために散歩してきたら良いという話になり、結局一時間半ほど歩いてきたが、昨日までスタスタ歩いていたのが嘘のような休み休みの散歩となった。
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# by jagannaath | 2005-06-06 17:21 | 家族

とうとう入院。

日記では出張に行ったきりになってしまったが、帰国後、ときには外食などもして、残り少ないDINKs時代を惜しみつつ、毎日を過ごしていた。
今朝四時半頃ヨメがトイレに起き出した時にぼんやりと目覚めた。きいてみると、三時過ぎからお腹が周期的に痛くなるようになってきたとのこと。何にも知らずにいびきをかいて寝ていたそうな。なさけない。とまれ、とうとうやってきたのだ。
六時まで様子をみて産院に電話。すぐに来なさい、とのこと。(つづく)
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# by jagannaath | 2005-06-06 14:57 | 家族

今日から出張。

今日から日曜日まで駆け足でカスピ海沿岸、アゼルバイジャンのバクーに出張。成田からイスタンブールへ、そこから戻ってバクー着予定。日本との時差は四4時間。

ヨメのお腹の子供は三十六週目。生まれてくる前には、骨盤にはまりこんで動きが少なくなるそうだが、まだ活発に動いている。大丈夫だとは思うが、帰国までこれまで通りいい子で大人しく待っててくれよー!

さてと、名前考えよう。
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# by jagannaath | 2005-05-11 10:58

さらば門仲。

2年3ヶ月暮らした門前仲町を引っ越すこととなった。

もうすぐ引越し屋さんがくる。このパソコンもしまわなければならない。

暮らしていて、本当に楽しかった。

ありがとう門前仲町!
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# by jagannaath | 2005-04-16 08:46 | 雑記

ひつじの新町や。

このあいだ、散歩の後に、清澄通りに面した古石場にある「ひつじの新町や」に行った。

長野県の信州新町名物が地元産の羊肉をつかったジンギスカンだそうで、ここ、「ひつじの新町や」では、信州新町から直送の新鮮な羊肉を使ったひつじ料理が楽しめる。

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小さなガスコンロがあって、そこで羊のいろいろな部位の焼肉(ジンギスカンではない)を楽しみ(2人で3人前)、羊のタタキ、羊肉の味噌煮込みなどを食べた。今まで今まで味わったことのない、クセのない旨さ、繊細さを感じることが出来た。旨かった。

店を始めて間もないということで、メニューは工夫しながら増やしていくとのこと。

産地直送の肉が切れると店じまいになってしまうそうで(まあ当然といえば当然)、今回は3度目の正直だった。事前に予約してから行くのがお薦め。コンロも小さく、カウンターが中心なので、一人で行ってもいいかもしれない。店主が羊肉についていろいろと説明してくれるのも面白い。

「ひつじの新町や」
江東区古石場1-2-1新村ビル1F
03-3643-5433
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# by jagannaath | 2005-04-02 11:42 | 雑記

インド大使館の桜バザー。

例年、千鳥ヶ淵にあるインド大使館では、「桜バザー」が開かれる。毎年、満開の桜に面したインド大使館の前庭にインド雑貨やインドスナックが盛りだくさんだ。

数年前に行ったときには、缶ビール片手にしたSeth大使(当時)から気さくに話しかけて頂いたのを覚えている。Seth大使は日本語ペラペラで、今も慶応義塾のグローバルセキュリティ研究所の所長を務められている。はじめて知ったのだが、詩集も出しておられる

今年は、3日に予定されていたが、「雨の予報なので」、10日に延期するそうだ。楽しみである。
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# by jagannaath | 2005-04-01 00:35 | インド・南アジア

「国王定年制、森保全も規定 ブータン初の成文憲法案」。

以前、ネパールの王政の現状を嘆く西水さんのコラムを紹介したが、そのネパールに隣接するもうひとつの王国、ブータンでは斬新な立憲君主制の憲法が導入される由(Asahi.comの記事)。さすがは、GNPよりもGross National Happinessを優先すべき、との概念を打ち出した国王だけのことはある。若干夢物語的な面もないわけではないが、隣国ネパールの現状とはあまりにも対照的だ。

ブータンには新婚旅行で行った。また行きたいなあ。
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# by jagannaath | 2005-04-01 00:14 | インド・南アジア

惜春7月号投句。

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(クリックすると大きくなります)

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# by jagannaath | 2005-03-31 23:10 | 俳句

桜。

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早く咲いてくれー。
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# by jagannaath | 2005-03-31 22:51 | 雑記

携帯から、

入力してみる。どうだろうか?
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# by jagannaath | 2005-03-31 02:20 | 雑記

ジンガロ。

舟遊びと深川周遊の後、木場公園でやっている「ジンガロ」に行った。エルメスの後援。エルメスはもともと馬具メーカーだったそうで、その縁で「ジンガロ」をサポートしているとのこと。

木場公園内の特設会場内には、シャンパンも呑めるおしゃれなイタリアンカフェとともに、エルメスの店舗も出ていて、ジンガロ記念特別デザインのスカーフなども売られている。会場には、非常におしゃれな人、一見してアヤシゲなカップルなど、いろんな人がいたが、多くがエルメスっぽいもの(多分)を持っていた。良くわかんないけど。チケットは結構高いのに、小学生の子供づれで来ているおしゃれなお母さんなんぞもいて、世の中良くわかんないなあ。リュック背負って行った我々夫婦はもっとも庶民的な観客グループに属していたに違いない。

さて、ひがみはともかく、ジンガロである。テーマは「ルンタ」。薄暗い会場に入ると、チベット僧の読経の声が円形劇場を満たしていて、中央の円形のステージでは五体投地が行われていた。ステージの真ん中にはなにやらドームがあるが、これは不思議なドームで、その後の演出にも変幻自在に活用された。

と、ディテイルについて書き始めるときりがないのだが、チベット僧の踊り、ロバにまたがったインドの女神カリ(もしかしたら、チベットのタラかとも思ったが、槍を持っていたから、やはりカリだろう)、人馬一体になったチベットのツェツェの踊り、ツェツェ祭りのトリックスターの骸骨の舞、白馬とガチョウの演舞などなど、馬と人が織り成す幾つものダンス。

そして、圧倒されたのは、主宰者バルタバス氏と馬の文字通り一体となったダンスだった(ダンス、というのが適当なのか?)。馬が彼の身体の一部(否、彼が馬の一部?)となり、思いのままに馬とともに舞う姿は、彼が手や脚を使って馬を操っているのではない、人馬渾然一体となった、まるでケンタウロスのような姿だった。

正直いうと、最初のチベット僧の読経が続いた頃は、あまりの心地よさに眠気を誘われたが、円形の舞台(馬場)で人馬一体となった演舞が繰り広げられた後半は興奮した。終わってみると、あっという間の1時間45分だった。せりふもなく、明確なストーリーもないが、いろいろなシーンが脳裏に明確に焼きついている。せりふだとか、メッセージだとか、直接言葉に置き換わるものは殆どないが、強烈なイメージが焼きついた不思議な体験だった。

単なる「馬術」とは違う領域だと思うが、馬好きの人にはもっとたまらないのだろう。僕はチベットファンで、ツェツェの祭りは98年にラダックのへミスゴンパで見たことがあったので余計に楽しめた。

また機会があったら是非見てみたい。
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# by jagannaath | 2005-03-27 23:18 | 雑記

白木蓮が先に咲いた。

家の前の白木蓮が花盛り。c0013494_2310494.jpg
以前書いたが、桜よりも白木蓮が先に咲いたのだ。


と、思ったら、毎年ソメイヨシノよりも一足早く咲く桜(種類は分からないが、花が白い)は初花を咲かせていた。

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# by jagannaath | 2005-03-27 22:54 | 雑記

マゴニア。

会社の同僚から、「マゴニア」という映画が上映中であるとの情報。

グルジアとフランスを舞台にした幻想的な物語の映画で、監督はオランダ人だとか。

渋谷のユーロスペースでレイトショウ上映中
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# by jagannaath | 2005-03-25 23:59 | コーカサス

キルギス情勢。

キルギス情勢が俄然急展開を見せている。最新情報では、アカーエフ大統領は辞任したとのこと。本人はロシアに出国し、家族はカザフスタンに出国したとの情報もある。本件に関連するGoogle Newsの記事はこちらから。

日本の新聞では毎日新聞と読売新聞がキルギス現地に特派員を派遣している模様。

毎日: 「キルギス:あっけない『崩壊劇』」、 「キルギス:米露中の確執がからみ、複雑な国際問題に

読売:「キルギス野党支持者が政府庁舎を占拠、国防相ら拘束

キルギスで起きている今回の出来事は、ウクライナ・グルジアのような「サクセスストーリー」(本当にサクセスかどうか、というのはこれまた良く分からんが)になるという保証はまったくない

ウクライナ、グルジアでは、旧体制への明確な対抗馬が立てられ、その下に旧政権が倒されたわけだが、今回のキルギスでは現政権に対抗する旗印となりうる人物が不在で、仮にアカーエフ大統領が退陣・国外逃亡したとしても、政権の受け皿は未定であり、南北の格差を抱えたままで国内が不安定化する可能性もある。

2006年にカザフスタン、2007年にはウズベキスタンの大統領選挙がそれぞれ予定されている。自由化路線を進めたことに加え、幸運にも石油価格高騰の影響で経済が好調な(但し貧富の格差は拡大しているとも言われる)カザフスタンは比較的安定するかもしれないが、「漸進的な市場経済化」を志向した結果、貧困削減に繋がる経済成長が達成されていないウズベキスタンにおいては、民衆の不満が鬱積しているとの見方もあり、あっけなく今回のキルギスのような事態に立ち至る可能性も否定できないが、その後、多民族が混在しそもそも不安定要因が多いことに加え、アフガニスタンに起因するテロ・麻薬といった問題を抱えるウズベキスタンおよび地域内の安定化に繋がる政権が出来るか(且つ、イスラム政権ではない「世俗的な」政権となるか)、まったく分からない状況で、一国における「民主化」が、地域における「不安定化」を招く可能性も高い。
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# by jagannaath | 2005-03-25 01:16 | 中央アジア

アンバサダー in 首都高。

今日の昼下がり、書類を読むために別室に入った。一通り書類に目を通してから、考えをまとめようと窓の外を見た。オフィスのすぐ横にはいつもどおり渋滞した首都高がある。

しかし!なんとそこに、懐かしのアンバサダーを見つけてしまった。それも屋根が白でボディーがネイビーブルーのおしゃれなやつだ。運良く(?)渋滞していたので、しっかりと見届けることが出来た。

いやあ、かっこよかった!カラーパターンはインドでは見たことがないヤツなので、おそらく日本で塗りなおしたのでしょう。

最近は、アンバサダーにも技術革新が進んでいるようで、新モデルも出ているようだが、やはり昔ながらのシェイプが良いな。惚れ直したぜ。

(3月23日の午後渋滞する首都高をアンバサダーで駆け抜けていったあなた!このブログを見ていたら是非ご一報下さい。)

追:こんなページとか、こんなページをみつけた。やはりいるんだなあ。いいなあ。
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# by jagannaath | 2005-03-24 23:44 | インド・南アジア

「インド宗教の坩堝(るつぼ)」。

武藤友治さんというお名前はインド関係者ならば一度は耳にしたことがあると思う。40年あまりの外交官生活のほとんどをインドとの関係に奉じられた方で、残念ながら私は面識はないのだが、私にとっては「伝説の人」である。

その武藤さんがお書きになった「インド宗教の坩堝(るつぼ)」という本を読んだ。一気に読んでしまったのだが、前段の拝火教、ユダヤ教の記述などは、日本語ではほとんど類書がないもので、貴重なものだ。



著者の長いインド経験の賜物。宗教を通じてインド社会を論じたもので、一番分かりやすいインド社会の解説ではないかと思う。97年の核実験当時インドに駐在していた私には核実験後の日印関係冷却の経緯がつづられている最終章が一番響いた。

本書を通じて、著者はヒンドゥ至上主義への自重を促すとともに、日本において、多様な側面を持つインドへの理解が不足していることを伝えている。その想いは、長年日印関係に携わってきた著者ならではである。そして、最終章で、「外交は外交官の個人プレーのモザイク」、「日本人の一人でも多くがインドに対する関心を強め、対印理解を深めるための『個人プレー』に努めていただけるようぜひともお願いしたいというのが、筆者のいまの偽らざる心境である。」と結んでいる。私は外交官ではないが、著者と同じ想いをもち続けているつもりだ。

幸か不幸かインドに携わる人、インドに興味を持つ人に是非お勧めしたい一冊である。
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# by jagannaath | 2005-03-24 00:57 | インド・南アジア

本日の夜句会の投句。

本日の夜句会の投句。どれも南伊豆への小旅行の際の嘱目句。
成績がよかったのは、「菜の花」「造船所」「村医者」の句だった。

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# by jagannaath | 2005-03-22 23:58 | 俳句

旭川のペンギン。

ちょっと古い記事だが、「ペンギンのえさ代に」動物園にインドから50ルピー(朝日新聞)。手書きのメモみたいな手紙だし、きっとそんなに裕福ではない家の子なのだろうが、インドでは、50ルピーあれば、食べ放題のミールスであれば少なくとも2食は食べられるほどの大金。
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# by jagannaath | 2005-03-18 00:50 | インド・南アジア

鮎ラーメン。

某係長の導きで、赤坂の「リュウキュウアーユーを食べる会」に行った。

ふーちばーと鮎の天ぷら、苦うるかなどをつつきながら泡盛を呑んでいたら、出てきたのは鮎の一夜干しを乗せた鮎ラーメン。いやあ、初めての味だったけど、旨かった。残ったスープに焼鮎おにぎりを落として食べるのも旨い。美人のお姉さんの接客もよかったし、壁面に投影されていた淡水魚の映像が面白かった。また行こう。
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# by jagannaath | 2005-03-18 00:41 | 雑記

Cool Head and Warm Heart。

今日、世銀の次期総裁に、ウルフォウィッツ米国防副長官が推薦され、日本の小泉首相も支持を表明した、と報じられている。いわゆるネオコンの論客だが、彼を知る人によれば、きわめてインテリジェントかつ穏やかな人間で、想像されるような極端な保守主義者という印象は与えない人物だという。今回の推薦には既に賛否両論出ている。まあ、結局は最大の出資国米国の意向、米国人が総裁となるとの世銀の「伝統」(過去にはベトナム戦争を指揮したマクナマラ国防長官が世銀総裁となった例もある)から、くすぶっている欧州各国もウルフォウィッツ支持に回るのだろうけれども、途上国側からの反発も予想される。

それぞれの国には、それぞれの歴史・経験に裏打ちされた、社会の仕組みがあって、直さなければいけない部分もあるが、すべての国が同じ基準に従わなければならない、ということはないのだと思う。どうも、アメリカ流の何でもグローバルスタンダード、どこでもアメリカ流の民主主義、というのは、無理があって、何か、世の中おかしくなってしまいそうな気がするが、ここで紹介したいのが、以前、「インドとパキスタン」について紹介した、西水元世銀副総裁のネパールについてのコラムだ。世銀で財務・リスク担当も担当された後南アジアを担当された西水さんならではのコラムである。

経済学者マーシャルの"Cool Head and Warm Heart"という言葉を思い出す。
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# by jagannaath | 2005-03-18 00:10 | インド・南アジア

インドと日本。

日本政界大物インド詣で相次ぐ、中国けん制狙う?(読売新聞)との記事。

安保理改革の議論が決着を見ても、日本とインドの関係は緊密になっていくのだろうか?一衣帯水の関係の方が結局は深いような気もするのだが。
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# by jagannaath | 2005-03-17 23:44 | インド・南アジア

アルメニア。

アルメニアに関するちょっとした大きな会議があった。そもそもアルメニアがどこにあるのか、から説明した。そりゃ、みんなしらないよなあ。僕も仕事で関係を持つまで全然しらなかったもの。でも、テニスのアガシ、俳優のグレゴリーペック、歌手のシルビー・バルタン、作曲家のハチャトゥリアン、作家のサローヤン等は皆アルメニア系なのだ。名前が「アン」「ヤン」で終わるのがアルメニアの人の特徴。

会議が上手く終わったので、打ち上げしよう、せっかくだからアルメニアレストランがあればいいのだが、といって探してみたのだが、どうやら東京にはないらしい。。。
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# by jagannaath | 2005-03-16 23:50 | コーカサス

ウズベキスタン文化交流展。

今日は妊婦検診(エコーもあったのだが、また気後れして性別を訊けなかった。。。)に行ったあと、横浜の「ウズベキスタン文化交流展」に行ってきた。ウズベクの人がいなかったのは残念だったが、サマルカンド、ブハラ、ヒバなどのきれいな写真パネルを見て、是非行ってみたいなと思った(実はまだタシケントしか行ったことがない)。

また、スザニという、今まで知らなかった布が展示されていた。これは非常に美しいもので、タージマハルの象嵌細工のような花柄のものが多い。壁掛けなどにしてもよさそうなので、今度ウズベキスタンに行ったら探してみよう。
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# by jagannaath | 2005-03-12 00:27 | 中央アジア